あるひのよる、
クロンが
モカさんの こうぼうに
きていました。
モカさんは
つくえに むかって、
ハーモニカを
なおしています。
クロンは
その よこで、
しばらく だまって
その てつきを
みていました。
ちいさな ねじ。
うすい リード。
ぴかっと ひかる カバー。
モカさんの ゆびは、
きょうも
すいすい うごきます。
やがて クロンが、
ぽつりと いいました。
「モカさん」
「うん?」
「わたしは……
やはり そとの ひとなのだと
おもうことが あります」
モカさんは
てを うごかしたまま、
「そうかい」
と いいました。
クロンは
すこし ためらってから、
つづけました。
「この おかの ひとたちは、
こどもの ころに
おまめさんを
みたことが あるのでしょう」
「おまめさんを みた こどもは、
ハーモニカと
なかよくなれるのだと
ききました」
「むすめのレモも
みたのだそうです」
「でも わたしは、
いちども ありません」
「まあ、
むりも ありません。
あとから きた
にんげんですから」
モカさんは
しばらく だまっていました。
こうぼうには、
ことこと、
きゅっきゅっ、
ちいさな おとだけが
ひびいていました。
やがて モカさんは、
なおしかけの ハーモニカを
そっと つくえに おいて、
しずかに いいました。
「……おれもだよ」
クロンは
「え?」
と かおを あげました。
モカさんは
まえを むいたまま、
いいました。
「おれも
いちども みたことは
ないんだよ」
クロンは
しばらく
ことばが でませんでした。
この おかで うまれて、
この おかで そだって、
いまも この おかで
しゅうりこうぼうを
している モカさんが。
その モカさんが、
おまめさんを
みたことが ないなんて。
クロンは
そんなこと、
いちども
かんがえたことが
ありませんでした。
「わたしは……
てっきり」
クロンが いうと、
モカさんは
すこしだけ わらいました。
「みたから
この しごとを してると
おもったかい」
クロンは
ちいさく うなずきました。
モカさんは
まどの そとを
みました。
ちゃばたけの みどりが、
かぜに
さらさら ゆれています。
「ほんとうはね」
モカさんは
ゆっくり いいました。
「おれも ふきたかったんだよ」
クロンは
だまって きいていました。
「ハーモニカが
だいすきだった。
いまも だいすきだよ」
「でも おれは、
うまく ふけなかった」
「ドレミを
ひとつずつ ふけば、
まっすぐな おとは
でるんだ」
「でも、
きょくに なると
だめだった」
「あたまの なかでは、
ちゃんと おとが
なってるのにね」
「それを じぶんの くちから
うまく だせないんだよ」
クロンは
そっと いいました。
「……つらかったでしょうね」
モカさんは
「まあね」
と いいました。
「おまけに
おまめさんまで
みえなかったからね」
「みんなの おとが
まぶしく みえたよ」
「だから いつのまにか、
ひとの そばに いるのが
すこし つらくなってた」
こうぼうの なかに、
また しずかな じかんが
ながれました。
クロンは
ぽつりと いいました。
「わたしは、
ジュウスケやレモのような
うたごころが じぶんに ないのは、
おまめさんを
みていないからだと
おもっていました」
モカさんは
それを きいて、
すぐには こたえませんでした。
そのかわり、
ちいさく わらって
いいました。
「クロンは、
ちゃんと ふこうと
しすぎるのかもな」
クロンは
きょとんと しました。
モカさんは
てを くみながら、
つづけました。
「まちがえないように。
きれいに ふこうって。
ずっと そう やって
きたんだろう?」
クロンは
しずかに うなずきました。
「ええ。
たぶん……そうです」
「でも それだけじゃ、
おとと なかよくなれないのかも
しれないね」
「おれがいうのも
なんだけどな」
モカさんは
すこし やわらかい かおで、
つけくわえました。
「ヂムを みてると
わかるんだよ」
「あいつ、
うまく ふこうなんて
おもってないだろう」
「ただ、
たのしいから ふいてる」
「ふきたいから ふいてる」
「それで いいんだって、
あいつに
おしえてもらったよ」
クロンは
しばらく
ことばを さがすように
していました。
それから
ちいさく いいました。
「では わたしに
たりなかったのは……」
モカさんは
うなずきました。
「おまめさんじゃ
ないのかもしれないね」
「ハーモニカを
たのしんで いいって、
じぶんに ゆるすこと
だったのかも しれない」
クロンは
そのことばを
だまって きいていました。
まどの そとでは、
かぜが
ちゃばたけを
さらさらと
ゆらしていました。
やがて モカさんが
たちあがって、
いいました。
「……すこし
あるこうか」
クロンは
そのことばに、
しずかに
うなずきました。


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