あるひ、
おかの ひとたちが
フクさんに いいました。
「やっぱり フクさんの おとは いいねえ」
「フクさんが ふくと、
むかしの うたが
もっと すてきに きこえるよ」
フクさんは
「ははは」
と わらいました。
でも、
そのあと すこしだけ
だまってしまいました。
うれしいのに、
なんだか せなかが
ぴんと するような
きもちに なったのです。
そのひの よる、
フクさんは
おんがくの ほんを
よんでいました。
そこには
こんなことばが
かいてありました。
「まちがった わおんは
よくない」
フクさんは
そのことばをみて、
ちいさく くちを むすびました。
「そうか……」
つぎのひ、
フクさんは
にわさきに すわって、
いろんな ハーモニカを
ならべました。
いつもの トレモロ。
ちがう ちょうしの トレモロ。
むかし つかっていた ハーモニカ。
しまってあった ハーモニカ。
フクさんは
それを もっては おき、
おいては また もって、
なんども なんども
ためしてみました。
ほんとうは
ある きょくの なかに、
どうしても ひとりでは
いちどに ならせない ひびきが
あったのです。
フクさんは
それを
なんとかして
ならしたかったのでした。
「あれじゃ たりん」
「こっちでも ちがう」
「うーむ……」
にわさきには、
ハーモニカが
なんほんも なんほんも
ならびました。
でも――
うまく いきません。
フクさんの かおは、
だんだん
こわばっていきました。
そのとき、
ふっと
むかしのことを
おもいだしました。
まだ フクさんが
ちいさかったころ。
ちゃばたけの そばを
あるきながら、
ハーモニカを
ぷうぷう ふいていました。
わおんのことなんて
しりません。
ただしいか どうかも
しりません。
おとが なるだけで
うれしくて、
かぜの なかへ
なんども なんども
ふいていたのでした。
へんな おとが でても、
ちっとも きにしません。
ただ たのしくて、
ただ うれしくて、
ふいていたのでした。
フクさんは
しばらく
じっと していました。
それから
ならべてあった
ハーモニカを
ひとつずつ
そっと かたづけました。
さいごに のこったのは、
いつもの トレモロ
いっぽんだけでした。
ちゃばたけの ほうから、
かぜが
そっと ふいてきます。
フクさんは
すうっと いきを すってから、
とても シンプルに
ふきはじめました。
やさしい おとでした。
むりをしていない おと。
でも、
まっすぐで、
あたたかい おとでした。
かぜが
ちゃばたけを
ゆらしました。
その おとの なかに、
フクさんの
ちいさいころの じかんまで
そっと まざっているようでした。
すると――
ぽう……
ぽん……
ぽう……
したのほうから、
ひくい おとが
そっと きこえてきました。
フクさんは
すこしだけ
めを みひらきました。
でも、
ふくのを やめませんでした。
ひくい おとは、
フクさんの メロディの
したに そっと はいってきました。
ささえるように。
ひろげるように。
おとを じゃましないように。
フクさんの トレモロが
その うえで
すうっと のびました。
さっきまで
ひとりでは ならせなかった ひびきが、
いつのまにか
そこに ありました。
フクさんは
ゆっくりと
よこを みました。
そこには
クロンが いました。
クロンは
バスクロマチックを もって、
しずかに ふいていました。
クロンは
フクさんの おとが
いちばん きれいに ひびく ばしょへ、
ひくい おとを
そっと おいていたのです。
フクさんは
なにも いいませんでした。
クロンも
なにも いいませんでした。
ただ、
おとの ばしょだけが、
ちゃんと わかっていました。
その ひびきは
おかの うえを
ゆっくりと
ながれていきました。
レモは
いえの にかいの まどから、
その おとを
うっとりしながら
きいていました。
まどの そばで、
ほうっと
いきを ついて、
めを ほそめていました。
おかの あちこちでも、
だれかが
てを とめました。
おちゃを いれていた ひとが、
きゅうすを もったまま
みみを すましました。
モカさんも
こうぼうで
てを やすめました。
しぃちゃんは
うたたねしながら、
すこしだけ
わらったようでした。
だれも
おとの するほうへは
でてきませんでした。
でも、
みんな
ちゃんと きいていました。
フクさんの おとは、
いつもの フクさんの おとでした。
でも そのひは、
したから そっと ささえられて、
いつもより すこしだけ
おくゆきのある おとに
なっていました。
ふきおわると、
しばらく
かぜだけが
そよそよと ふいていました。
フクさんは
クロンの ほうを みました。
クロンは
ちょっとだけ
てれたように
めを そらしました。
フクさんは
すこし わらって、
ちいさく いいました。
「……そうか」
クロンも
しずかに うなずきました。
そのひ、
ダンマリヶ丘には
ひとりの おとと
もうひとりの おとが
そっと かさなって、
やさしくて
ゆたかな ひびきが、
しずかに
ながれていたのでした。

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