あるひ、
モカさんの こうぼうに
ひとりの おきゃくさんが
やってきました。
「こんにちはー」
モカさんは
かおを あげました。
「おや。
きみは ブンチャスの……」
「スーです。
せんじつは
ありがとうございました。
きょうは、
ハーモニカを
みてもらえますか?」
やってきたのは、
トリオ・ザ・ブンチャスの
スーでした。
いつも えがおで、
トレモロハーモニカを
ふいている
おんなのこです。
「モカさんの
ちょうせいの うでは
このへんじゃ
ピカイチだって
きいたから」
スーは
そういって、
トレモロハーモニカを
いっぽん
とりだしました。
「いいよ。
どれどれ」
モカさんが
すこし てれながら
ハーモニカを
うけとった、
そのときです。
きしきし。
きしきし。
かいだんを
のぼってくる
おとがしました。
「モカさん、
いるー?」
レモです。
レモは
こうぼうへ はいってきて――
ぴたり。
とまりました。
「……あ!」
それから、
スーの かおを
じっと みました。
「……スーさん?」
スーが
にこっと わらいました。
「こんにちは」
「わああっ!」
レモの かおが
ぱっと
あかるく なりました。
「ブンチャスの
スーさんだ!」
「そうだよ」
「わあ……!」
モカさんは
くすっと わらいました。
「レモ。
そんなに みたら
スーが こまるよ」
「あっ。
ご、ごめんなさい」
スーは
わらいました。
「いいよ。
わたしも
レモちゃんのこと、
おぼえてるよ」
「ほんと!?」
「うん。
あかいベレーぼうの
おんなのこが、
とっても たのしそうに
わたしたちの えんそうを
きいてくれていた。
あのときの こだね」
「うん!」
レモは
ますます
うれしそうです。
しばらくして、
モカさんが
ハーモニカを
みている あいだ、
スーと レモは
いっかいの
しぃちゃんの おみせで
おちゃを のむことに
しました。
しぃちゃんは、
いつもの いすで
ぐうぐう。
ねています。
ふたりは
まどぎわの せきに
ならんで すわりました。
レモが
いいました。
「うちのおじいちゃんも、
トレモロを ふくの。
おじいちゃんの おとも
だいすきだけど、
スーさんの えんそう、
きいたことない おとだった。
すごく すてきだった」
「そう?」
スーは
しばらく
かんがえてから
いいました。
「……うん、そうかもね。
わたし、
だれにも ならっていないから
そうなっちゃったのかも。
ちょっと
ちがう ふきかたも
するんだ」
「ちがう ふきかた?」
「うん」
スーは
ケースから
もう いっぽんの
トレモロハーモニカを
とりだしました。
そして、
てのなかで
くるっと
まわしました。
「たとえばね、
チャボが
いつも やってる
ベンドとかを、
トレモロでも
できないかなって
おもって、
じぶんで
いろいろ
ためしてるうちに
みつけたの」
レモは
めを まるくしました。
「トレモロで……
ベンド?」
「できるよ」
スーは
にこっと わらいました。
「わたしはね、
ネオトレモロって
よんでるんだ。
ちょっと おおげさかな。
ハハハ」
「ネオ……
トレモロ?」
レモは
その ことばを
ゆっくり
くりかえしました。
スーは
トレモロハーモニカを
くちもとへ
もっていきました。
「ちょっと
きいてみる?」
レモは
すぐに
うなずきました。
「うん!」
スーは
すうっと
いきを すいました。
そして――
ふう……。
すこし さびしい
メロディーが
ながれはじめました。
ときどき
ぐうっと おとが まがる、
なんともいえない
せつない メロディーです。
レモは
じっと
きいています。
それは、
レモが
いつも きいている
フクさんの トレモロや、
じぶんの トレモロとは、
ぜんぜん ちがう
おとでした。
スーが
ふいているのは、
「サマータイム」。
すこし
くらくて、
すこし
けだるくて、
ときどき
ぐっと
おとが まがります。
ぐうぅ……。
ふわあ……。
ぎゅいん……。
レモは
もう、
まばたきも せずに
きいていました。
まどの そとでは、
ちゃばたけが
かぜに
ゆれています。
しぃちゃんは、
そのあいだも
ぐうぐう。
ねています。
やがて――
スーの おとが
すうっと
きえました。
しばらく、
レモは
なにも いいませんでした。
それから、
スーの
ハーモニカを みて、
ぽつりと
いいました。
「……いまの、
ほんとに
トレモロ?」
スーは
わらいました。
「トレモロだよ」
レモは
もういちど
スーの
ハーモニカを
みました。
そして、
ちいさな こえで
いいました。
「……かっこいい」
スーは
ちょっと
てれたように
わらいました。
そのとき、
にかいから
モカさんの こえが
しました。
「スー。
できたよー」
「あ、はーい」
スーは
たちあがりました。
レモも
いっしょに
たちあがります。
でも、
レモの めは
さっきまでとは
すこし
ちがっていました。
レモの なかにあった
トレモロハーモニカの
せかいが、
ほんの すこしだけ
ひろく なったのです。
フクさんの
やさしい トレモロ。
じぶんの
トレモロ。
そして――
スーの
ネオトレモロ。
レモは
かいだんを のぼりながら、
もういちど
ちいさく
つぶやきました。
「ネオトレモロ……」
その まえを
あるいていた スーが、
ちょっとだけ
ふりかえって、
にこっと
わらいました。

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